遠い記憶

仕事中でも真面目な顔して、様々な妄想を繰り広げている神威の日記的ブログです。
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2007/10/19(金) 05:02:57
 Title → 燃えろ~燃えろ燃~えろ♪

プロ野球のクライマックスシリーズ。
パ・リーグの方はペナント1位の日本ハムファイターズが日本シリーズ出場を決定して、まずは一安心です。


しかし、セ・リーグの方はドラゴンズがまずは1勝。
このままジャイアンツが負けたらまた一悶着ないかな?と少し楽しみにしております。

 


まずは過去の10月19日の出来事です。


 


・(1972.10.19) フィリピン・ルバング島で地元警察が元日本兵2人を発見し銃撃戦
             に。1人死亡、小野田寛郎元少尉が逃走
・(1986.10.19) ロッテ・オリオンズの落合博満選手が3度目の三冠王。
・(1988.10.19) プロ野球、ロッテVS近鉄のダブルヘッダーが川崎球場で行われ
             第2戦で近鉄が引き分けた為、優勝を逃す(西武が優勝)
・(1988.10.19) 阪急ブレーブスがオリエント・リースに身売り決定。


時期的に野球の話が多くなって来ましたね。


10月19日と言えば私には川崎球場での10.19の対決が忘れられません。
古いプロ野球ファンであれば、10.19というだけでこの話を思い出す事でしょう。


私は幼い頃大阪に住んでいた事があります。
そのおかげで幼い頃から在阪の近鉄・南海を応援していました。
なぜ阪神ではないかというと、うちの父が元々大阪の人間ではなく阪神ファンの気質が合わなかったらしいです。
その上アンチ巨人であった為に、自然とパ・リーグに目が行くようになったのです。
私自身は阪神も嫌いなチームではありませんが・・・。


しかし、残念ながら1988年にはすでに私は九州に住んでいた為に、この試合を生で見る事は
出来ませんでした。(福岡では第1試合から放送していたそうですが)
10時からは全国放送であるニュースステーションが放送したので見る事が出来ました。
しかもその後、その日の各報道番組の作り方がうまかったのか、この日見た映像は今でも頭から離れません。


この時監督であった仰木彬、チーム初安打となるHRを打つなど活躍した鈴木貴久はすでにこの世にはいません。
第一戦先発の小野和義、代打で同点となるヒットを放った村上隆行、勝ち越し打の梨田昌孝、抑えに阿波野秀幸。
第2戦で同点タイムリーのオグリビー、HRを打った吹石徳一、真喜志康永、ブライアント。


他にも大石大二郎、最後の打者となった羽田耕一などの選手たち。


しかし、この中で現在も現役の選手は1人もいません。
ただ1人この日活躍できなかった吉井理人が今もがんばっていますが、来年はもうないのではないかと思っています。


おもしろいエピソードがあります。
当時パ・リーグは人気がなく、観客が1000人にも満たない事はザラでした。
特に川崎球場は客が入らず、毎年近隣住民に1年に一回使える無料招待券を配布していたそうですが、ほとんどの人が使わずじまいだったそうです。


この時も近鉄の優勝が掛かった試合にも関わらず、関係者は入っても15000~20000ぐらいだろうと予測していたそうです。(当時の川崎球場の収容能力は30000人ですが、今では考えられないですね。)
しかしこの予測は外れ、この日は朝から無料招待券を持った客がつめかけ、あっという間に無料招待券の席は埋まってしまいました。(中には金券ショップなどでこの券を手に入れた人もいたそうな)
あぶれた客は球場近くの、雑居ビル・マンション・アパートの屋上や階段の踊り場などに押し寄せました。
無料招待券の席が埋まると、今度は指定券を求めて客が殺到しました。
球場側はこんなに人が集まるとは思っていなかった為、チケットを用意していませんでした。
そのため急遽ゴム判で打刻しながら観客に渡していたのですが、それも追いつかなくなり指定席が残っているにも関わらず、打刻無しの立ち見券を急遽発行しました。


そのため超満員になったにも関わらず、チケット売り上げにはあまり貢献しなかったそうです。


( ^∀^)ゲラゲラ


しかし、売店や近辺の飲食店はかなりの売り上げが出たといいます。
特にダブルヘッダーの第1試合と第2試合のインターバルが夕食時と重なったため、第2試合が始まる頃にはほとんどの食べ物・飲み物が売切れてしまったそうですが、あまりの空腹に近所のラーメン店では、


スープだけでもいいから分けてくれ・・・(T-T)


と嘆願する客もいたとか。(笑)


報道各社も最初はこの試合がこんなに注目を集めると思わず、阪急の身売りの情報を得てそちらの取材に重点を置いた新聞社もあった。
「何でこんな大事な日にそんな発表をするのか!?」
と漏らす記者もいたとか?


関東地方ではこの試合を放送する予定はなかったが、随時川崎球場の中継を挟むうちに視聴者からの電話が殺到し急遽番組を差し替えたり、福岡でも放送したり(翌年ホークスが来る事になっていたため)、全国放送であるニュースステーションが内容を差し替えたりと国民の徐々に注目が集まっていった。


ニュースステーションでは民放としては前代未聞のCMを入れ損なうという出来事が起こったと言います。(スタッフが試合に夢中で入れ損なったらしいです)


そして、この試合の視聴率がニュースステーションの歴代最高視聴率だそうです。



関係者の予想を遥かに超えて、多くの人がこの試合に注目していた事がよくわかります。


この日近鉄バファローズは負けませんでした・・・。


しかしこの年パ・リーグを制したのは西武ライオンズでした。
近鉄は負けませんでしたが、ロッテに勝つ事が出来ませんでした。(有藤監督の抗議のことなどがよく挙げられますが、もう済んだ事なのでここでは考察しません。)
第2試合を引き分けた為、全日程を終えていた西武ライオンズにわずか勝率0.02でした。


この日すでに全日程を終えていた西武ライオンズは所沢西武ライオンズ球場で胴上げを行っていますが、この胴上げはだいぶ前に週刊ベースボールに載っていたのを見た事があります。


この次の年に近鉄は雪辱を晴らし優勝しています。しかし、結局一度も日本一になることなく球団は消滅してしまいました。
この時、仰木監督は監督1年目であまり注目されていませんでしたが、仰木マジックはここから始まったと言えるでしょう。


今日紹介するのは近鉄バファローズの応援歌です。
大阪ドームに移ってしばらくして応援歌は変わりましたが、私は昔の応援かも好きですよ。ただちょっと古い感じがするのか大阪ドームに移ってから7回にこの曲が流れるとクスクス笑っていた客もいましたけどね・・・(^^;)


燃えろ近鉄バファローズ(動画)


『燃えろ 燃えろ 燃えろ 近鉄バファローズ
 闘魂こめて一筋に 男は常に立ち向かう
 見よ堂々の一撃に 白球空へ弧を描く
 燃えろ 燃えろ 燃えろ 近鉄バファローズ♪』


この曲に合わせて一応チアガール出てきますからwww


派手な踊りは無しで手拍子だけだけど・・・


動画を見た方はわかると思いますけど、確かにチアガールは合わないかもしれませんね。σ(^_^;)
各チームがいろいろなパフォーマンスを取り入れる中、チアガールがイニングの合間に踊ったりするのも当たり前になってますからね。
近鉄も大阪ドーム時代には、5回ぐらいまでチアガールが一塁側の内野自由席あたりの最前列のステージでイニングの合間に踊って、7回のラッキーセブンにはグランドに出てくるという感じでしたから、チアガールが踊るにはあの曲は合わなくて変わったのかもしれませんね。私は好きでしたけどね (⌒∇⌒)




ところで今日は 『海外旅行の日』 だそうです。
10(遠くへ) 19(行く) の語呂合わせだそうです。(無理やりやな・・・)


 


私にはまったく縁のないはなしですが・・・ (´・ω・`)
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COMMENT

From 妃垣俊吾 
詳しいお話、大変勉強になりました。10・19。思い出します。あの時は確か、名古屋でドキドキしながら…。あの年、セVは中日でしたよね。懐かしいです。
2007.10.21(02:26) | URLEDIT↑Top

From 神威 妃垣俊吾さん、こんにちは。
本当に懐かしいですね。あの頃はパ・リーグの試合であんな騒ぎになるなんて考えられなかったですもんね。あの時勝っていたら劇的な優勝ではありましたが、ここまで語り継がれる出来事にはなっていなかったかもしれませんね。
2007.10.23(06:31) | URL | EDIT↑Top

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